国際相続放棄~被相続人が外国で死亡した場合の相続放棄~
記事カテゴリ:法律知識
2021年8月
弁護士 田邊正紀
最近、国際的要素のある相続放棄の依頼を受けることが多くなりました。例えば、亡くなった方が外国人であったり、日本人が、日本国内に負債を残して外国で死亡した場合などです。
日本人が日本国内で死亡し、亡くなった方に多額の借金がありこれを相続したくない場合などには、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3カ月以内に家庭裁判所に申し出ることで相続の放棄ができます(民法915条1項)。
しかしながら、国際的要素のある相続放棄の場合には、それほど簡単にはいきません。
【亡くなった方が外国籍の場合】
外国人が日本国内で死亡した場合、亡くなった方の国籍国の法律に基づいて相続が発生しますので、相続放棄も被相続人の国籍国の法律に従って行わなければなりません(法の適用に関する通則法36条)。
例えば、亡くなった方が在日韓国人の方の場合、韓国法に基づいて相続が行われます。したがって、相続放棄も韓国法に従って行われることになりますが、韓国法には、日本の相続放棄に類似する制度がありますので、日本の家庭裁判所に韓国法に基づいて相続放棄の申述をすることができます。
しかしながら、例えば、日本で暮らしていたアメリカ人が死亡した場合、複雑な問題が発生します。まず、この場合、アメリカ法に基づいて相続が行われることになりますが、アメリカは州ごとに法律が異なりますので(地域的不統一法国と呼ばれます)、どこの州の法律が適用されるか決定しなければなりません。亡くなった方と「もっとも密接な関連を有する州」の法律が適用されることになりますが(通則法40条1項)、来日直前に居住していた州、最も長く居住していた州、出身州など複数の候補からもっとも密接な関連を有する州がどこかを裁判所に主張立証する必要があります。次に、当該州の法律が、海外で亡くなった方の相続の処理についてどのように定めているかを確認する必要があります。例えば、カリフォルニア州の場合には、判例法で、不動産の相続に関しては不動産所在地法、動産を含むそれ以外の財産の相続に関しては亡くなった方の常居所地法を適用することとしていますので、今回のように、亡くなった方が日本で暮らしていた場合には、結局は、借金などの負債の相続放棄は日本法に基づくことになります(通則法41条)。結論としては、日本法に基づいて、日本の家庭裁判所で相続放棄できるということになりますが、これを認めてもらうためには、カリフォルニア州法の内容を裁判所に主張立証する必要があります。
【被相続人が外国で死亡し、日本に負債がある場合】
日本人が、外国で死亡した場合、日本国内に借金を残していたとしても、原則として、日本の家庭裁判所には、相続放棄の申述を受け付けるための国際裁判管轄がありません(家事事件手続法3条の11第1項)。つまり、その方が亡くなった時に居住していた国の裁判所で相続放棄の手続を行わなければならないのが原則です。しかしながら、当該国に相続放棄制度があるとは限りませんし、仮にそれがあったとしても日本で効力を有するかどうかはわかりません。そのため、何とか日本の家庭裁判所で相続放棄の手続ができないかを検討することになります。
例えば、日本人がアメリカのいずれかの州で死亡した場合、家事事件手続法は日本の裁判所に相続放棄の管轄を認めていませんので、その方が常居所地を有していた州で相続放棄をするのが原則になります。しかしながら、アメリカの各州は、相続に関して「管理清算主義」を採用しており、プロベイトという相続財産の管理清算手続を通して、亡くなった方の債権・債務を整理してから法定相続人に引き渡す制度を採用しており、最終配当の段階で債務だけが残った場合、法定相続人がこれを相続することはありません。すなわち、アメリカの各州は、借金を相続しない制度設計となっているため、借金の相続を避けるための相続放棄手続はアメリカの裁判所には存在しません(但し、相続に際して個別財産の放棄を認める州は多いです)。とすると、日本の裁判所で相続放棄ができないと、日本にいる法定相続人は亡くなった方の借金を相続せざるを得なくなってしまいます。これでは、日本にいる法定相続人が困ってしまいますので、日本の裁判所にはプロベイトを行う権限がなく借金の相続を防ぐことができないことや、アメリカの当該州には相続放棄制度がないことを主張立証して、日本の家庭裁判所に相続放棄の緊急国際裁判管轄を認めてもらう必要があります。
また、例えば、日本人がタイで死亡した場合、原則として、タイの裁判所で相続放棄手続をしなければならないことになります。タイには、日本の相続放棄と類似の制度が存在しますが、タイ国内に資産も負債もない場合には、相続放棄が受け付けられません。また、仮にタイの裁判所で相続放棄が受け付けられても、日本国内でその有効性が認められ、債権者に対抗できるかどうかも不確定です。したがって、やはり日本の家庭裁判所に対し、相続放棄の緊急国際裁判管轄が認められるべきことを主張立証していくことになります。
なお、日本の裁判所に原則的に国際裁判管轄がない場合に、特別に日本の裁判所の緊急国際裁判管轄を認めてもらう場合の裁判所は必ず東京家庭裁判所になります(民事訴訟法10条の2)。
このように国際的な要素のある相続放棄は、適用法が外国法になったり、日本の裁判所の管轄の有無が問題となるなど、国際相続の中でも最も難しい分野の一つです。名古屋国際法律事務所は、多数の国際相続放棄を家庭裁判所に認めさせた実績があります。国際的な要素のある相続放棄については、ぜひとも当事務所にご相談ください。