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子の引き渡しに関する強制執行の法改正について

記事カテゴリ:法律知識

離婚の際に子どもの親権や監護権者について争いとなった場合,争いが激化してしまうことが少なくありません。

これまで,紛争が激化した際に問題となる点のひとつとして,裁判所が親権者を決めたにも関わらず,親権者となれなかった親が子どもを引き渡そうとしないことで,裁判所の決定が実効性を持たない事態となってしまうことが挙げられていました。

これは国内の問題にとどまらず,国際的にも,日本においてハーグ条約上の子の引き渡しの実効性が確保されないことが問題となっていました。

そこで,この問題点について,2019510日,民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の改正が参議院で可決され,子どもの引き渡しに関するルールが変更されることとなりましたので,ご紹介します。

 

・国内の子の引き渡しに関する法律及び実情

これまで,民事執行法には子の引き渡しに関する強制執行についての規定がありませんでした。そのため,絵画などの物の引き渡しに関する規定に沿って強制執行が行われていましたが,実際に子どもは物と違って意思や感情があります。そのため,執行が行われる現場でどこまでの行為が許されるのか,判断が困難となる事態が生じていました

また,子どもの情操面に配慮し,親権のない親から子の引き渡しを受けるためには,親権のない親がその場にいることが必要とされていました。このルールを悪用し,執行官が自宅まで行って呼びかけても子どもを引き渡したくない親が居留守を使って対応せず,強制的に自宅に入ることができない執行官が執行を断念せざるを得ないようにして強制執行を妨害するケースが起きていました。

最高裁が発表したデータによると,2014年以降,強制的な子どもの引き渡しを求めた件数は年間100件程度あったのに対し,実際に引き渡されたのは40件に満たないような状況であったということです。

 

・ハーグ条約に基づく子の引き渡しの実情

子の返還の執行は,子どもには意思や感情があることから,無理矢理連れ去る等してトラウマを残すような事態を防ぐため,強制履行を許さない性質のものとされています。そのため代替執行(裁判所が親権のない親に対して命じた引き渡しの義務を,裁判所の執行官に代わりに行わせて実現すること)(民事執行法1711項,民法4142項,3項)及び間接強制(引渡しに協力しない場合に,引き渡さない場合には1日3万円等と金銭の支払いを命じることで,義務の履行を促す方法)(民事執行法1721項)により行うこととされていました(ハーグ条約実施法1341項)。

代替執行を行う場合には,前もって間接強制を行うことや,引き渡しを命じられた親が同席することが必要とされていました(ハーグ条約実施法1351項,1403項)。執行の場所も,原則として引き渡しを命じられた親の住居等としていました(ハーグ条約実施法1401項)。

そのため,国内の子どもの引き渡し手続きと同様に,実効性がないという問題が生じていました。

 

・人身保護法による子の引き渡し

このような問題を解決する手段として,人身保護法に基づいた人身保護請求が行われてきました。

人身保護法とは,正当な手続きなく刑事事件の犯人として身柄を拘束された場合等,不当に奪われた人身の自由を解放する制度の制定を目的として昭和23年に施行された法律です。つまり,人身保護請求は,もともと子どもの引き渡しを想定して作られたものではありませんでした。

しかし,子どもの引き渡しに関して実効性のある法律がないことから,最後の手段として利用されてきました。

人身保護請求では,審理が迅速に行われること,子を監護している親が子を裁判所に出頭させない場合には勾留等の措置を取ることができること(人身保護法12条),保護命令書が子どもを引き渡さない親に送達されると子が裁判所の支配下に置かれること(人身保護規則第251項)から,引き渡しの実現可能性が高いためです。

具体的には,裁判所職員が出頭してきた子を預り,保護請求が認められた場合には裁判所から直接子どもの引き渡しを求めている親に引き渡すという方法により,引き渡しが実現されるという流れになります。

しかし,本来,人身保護命令は子どもの引き渡しのような場面で利用されることを想定したものではないため,子どもの福祉に配慮した上で引き渡しについてルールを定める必要がありました。

 

・改正による新しいルール

まず,強制執行の申立てが,間接強制の決定が確定した日から2週間経過したときだけでなく,間接強制では引渡しの見込みがあると認められないときや子の急迫の危険を防止するために必要があるときにも認められます(新民事執行法1742項,新ハーグ条約実施法136条)。つまり,必ずしも先に間接強制を行うことなく,強制執行の申立てができるようになっています。

その上で,実際に強制執行の手続きを行う際,執行官は子どもが住んでいる家に引き渡しの義務を負う親の同意なく立ち入り,子どもを捜索して連れてくることができるようになりました。

また,これまで引き渡しの際には引き渡しを命じられた親の同席が必要とされていましたが,これを不要としました。その代わり,引き渡しを受ける親が引き渡しの現場に同席することとして,執行官等の知らない人ばかりの中で引き渡しが行われ,子が不安になることがないように配慮しました(新民事執行法1755項,新ハーグ条約実施法140条)。

さらに,債務者の住居その他債務者の占有する場所以外の場所においても,相当と認められるときには,占有者の同意や許可を受けて引き渡しの執行を実施できることとなりました(新民事執行法1752項,新ハーグ条約実施法140条)。この結果,学校,幼稚園,保育所等においても子の安全やプライバシーに配慮しつつ執行を行うことができるようになります。

 

 

今回の法改正による影響は大きいものと思われます。ネット上には古い情報もあふれていますので,安易な情報収集を行ってしまうと,新しい情報まできちんと把握できない可能性があります。また,引き渡しが実行されやすくなることで,引き渡し後の面会交流についてもきちんと取り決めを行う重要性も高まるでしょう。

お子さんに関わる大切なことですので,この問題でお困りの場合には,専門家にご相談いただくことをお勧めします。