インドネシア司法制度視察
記事カテゴリ:所属弁護士の活動
■弁護士 田邊正紀
2020年2月21日から26日まで、愛知県弁護士会所属の弁護士10名とともにインドネシアの首都ジャカルタを訪問し、現地の司法制度、日系進出企業の状況等を視察しました。私たちが訪問した際には、愛知県弁護士会出身の弁護士が経済協力担当官として在ジャカルタ日本大使館に勤務しており、彼女のアレンジのおかげで実現した視察旅行となりました。
MM2100工業団地
視察1日目は、ジャカルタから東へ約40km離れた場所に所在するMM2100という工業団地を訪問しました。一昔前はジャカルタ市内から2時間はかかると言われていましたが、旧来の高速道路の上に高架の高速道路が開通し、約50分で到着することができました。
はじめにSMK Mitra industry MM2100という職業訓練校を訪問しました。この学校は、丸紅と現地財閥系の合弁会社が設立したもので、いわゆる中学卒業後の高専に該当するものです。近隣に居住する若者を工業団地内の工場で働けるように職業訓練を行うことを目的に2012年7月に開設されました。日本式の規律正しい教育が行われており、二輪工学、産業電子工学、電気技術工学、機械技術工学から始まり、現在は、会計、ホテル・観光、自動車工学も教えているとのことです。インドネシアでは、工場などに就職する場合、2~3年の有期雇用契約か終身雇用の選択肢しかなく、しかも一度有期雇用契約が終了すると二度と同じ会社において有期雇用契約で就業することはできないとのことで、常に新しい人材を確保していなかければ、人材不足に陥るとのことでした。この学校は、子どもを工業団地に就職させたい親と若くて優秀な人材を多く採用したい工業団地内の企業のニーズがマッチし、地元住民、生徒、採用企業からもとても歓迎されているとのことです。この学校では、毎年生徒が入学すると「誠実・責任感・規律・協調・思いやり」という5つの精神をどのように実現するかを生徒で話合わせてみんなで合意させるということをするそうです。これがそのまま3年間の校則となるため、学年によって異なる校則が施行されているとのことです。生徒たちは、日本式の厳しい規律の中でも、企業の支援を受けて最新の技術を学び、就学中の企業でのインターンシップを通じて仕事の厳しさと楽しさを学び、将来日系企業に就職したり、実習生などとして来日したりすることを夢見て、一生懸命勉強しているのが印象的でした。
次にMM2100工業団地の中にあるデンソーの工場を見学させてもらうことができました。デンソー・インドネシアは、インドネシア国内に3つの工場を有しており、MM2100の工業団地内にある工場は、約2400人の従業員が働いており、国内最大の工場ということでした。MM2100内のBekasi工場は、いわゆるトヨタ生産方式を採用し、工場改革をしたばかりということで、床や壁の色も明るく、照明はLEDで工場内の壁もできる限りガラス張りとするなど、非常に清潔で明るい工場というイメージでした。工場内ではインドネシア人従業員が、ライン改革や、カイゼン活動、工程プロなどの活動を説明してくれたり、実際に見せてくれたりしました。先述した通り、工員は有期雇用契約がほとんどであり3年で工場を去っていくため常に新たな人材を育てていかなければならないということで、自前の職業訓練も行っているとのことでした。昨年視察したミャンマーの工業団地に比べるとかなり成熟期に入っている印象であり、今後、工業団地の東側に新しい港が開港すると物流が大幅に改善し、ジャカルタを通らずに海外へ製品を輸出することが可能になり、今後もアジアの工場としての活躍が期待できると思えました。
ジャカルタ中央裁判所
ジャカルタで最も大きな地方裁判所であるジャカルタ中央裁判所を訪問し、裁判長とお会いしてお話を伺うことができました。
インドネシアでは、1999年に裁判所改革が行われ、2000年から一般民事に加えて、認証を受けた裁判官のみが事件を担当する特殊裁判手続として、人権、商事(倒産・知的財産)、労働、汚職などが定められたとのことです。また、裁判所改革の一環として、審理期限が定められ、訴え提起後、一般事件や商事事件では5ヶ月、倒産事件では60日、労働事件では50日、知的財産事件に至っては20日で、判決をなすことがルールとなっているそうです。実際には、この期限を超えてしまう案件もあるようですが、日本に比べれば早期の裁判が実現していると言えます。一方で、裁判所は事件の処理に追われていて、午後6時を過ぎてから開廷される事件も多くあり、午後9時を過ぎても審理が行われていることもあるそうです。
また、2019年からオンライン裁判が導入されたとのことで、訴状などの書類の提出、費用の納入、当事者の呼出、判決がすべてオンラインで可能になったとのことです。これにより、裁判所の受付の混雑緩和や訴訟の迅速化が実現しているようです。なお、判決はオンライン化されたことで言い渡し手続自体がなくなり、判決後に当事者が裁判所内で喧嘩になることがなくなったとの冗談のような効果もあったようです。
さらに、2019年9月から各地方裁判所で原則としてすべての裁判の判決がインターネット上で公開されることとなり、キーワード検索も可能になったとのことですが、2019年9月以前のものがすべて公開されているわけではなく、地方裁判所ごとにサイトが分かれているため、総合的な判例調査にはまだまだ課題があるようです。
上記の通り、インドネシアでは、様々な訴訟制度改革が積極的に行われており、日本の裁判所が参考にすべき部分も多いと感じました。
Nirmala Many & Partners Law Firm
所属弁護士7名の小規模事務所の弁護士と面談しお話を伺いました。所属する弁護士7名は、それぞれ国際ビジネス・国際相続、訴訟、労働問題、環境問題、刑事事件など別々の専門分野を有しており、事務所全体で全分野をカバーしている事務所でした。代表弁護士は、経験年数18年で、ビジネススクールでも教鞭をとっているやり手の女性弁護士という雰囲気でした。
裁判所で伺った裁判所改革による審理の迅速化などの話をぶつけてみたところ、実際には5か月という期限は守られていないが、それでもずいぶん昔よりは裁判が早くなったとのことで、その効果自体は認めているようでした。一方で、迅速審理のために週に1度のペースで裁判が開かれ、訴訟提起時には証拠を提出しない一方、証拠の提出期限の厳格化、証人尋問が行われても個別に録音をとることは認められているものの公式な反訳(尋問調書)が作成されるわけではなく、当事者の負担も増えているとのことでした。
インドネシアは、裁判上の離婚しか認められていない国のようですが、離婚には特に理由は必要なく、当事者が離婚に同意している場合には裁判期日は5回が上限で約1ヶ月で判決が出るとのことです。また、当事者が離婚に同意していない場合でも、離婚裁判については5か月の裁判期間は基本的に守られているようです。
インドネシアに進出している日本企業が多く直面する問題として労働者の解雇の問題があります。労働者の勤務懈怠などの理由で労働者を解雇する場合でも、3種類の警告の手続をすべて履践したうえで、労働者と協議をし、1ヶ月分の解雇予告手当を支払った上でないと解雇できないとのことです。実際には、無理に解雇して裁判となった場合には、敗訴の可能性も高いことから、法定よりも高い解雇予告手当を支払って退職してもらうことになるのが実務のようです。
外国の弁護士と話をすると前提とする常識が違うことから話がかみ合わないことも多いのですが、この事務所の弁護士と話した際には、まったく違和感なく話ができましたので、インドネシアの弁護士の見識の広さを実感しました。
Roosdiono & partners (ZICO Indonesia)
シンガポールを拠点とするZICOグループに属する中規模法律事務所を訪問しました。この事務所には、日本の法律事務所からの出向者もおり、ジャパンデスクが存在していました。約50名の所属弁護士というのは、インドネシアでは中規模事務所に属するようです。ここでは主に裁判実務についてお聞きしました。
前日の夕食会で現地に赴任している日本人から「紛争が起きた場合には仲裁ではなく裁判を利用する」という話を聞いていたことから、なぜ裁判利用が多いのかと質問してみたところ、仲裁よりも費用が安く、結果が出るのが早いからだという回答がありました。一般的には、訴訟よりも仲裁の方が紛争解決が早いと言われていますが、インドネシアの場合には、各訴訟に期限が設定されているため判決までの期間が短く、利用のしやすさにつながっていることがわかりました。また、日本企業が、インドネシア企業相手に債権回収の裁判をした場合の弁護士費用を尋ねたところ、「6か月から8ヶ月くらい裁判をして、日本円で約300万円の弁護士費用がかかる」とのことでした。シンガポールで仲裁にかかる弁護士費用を尋ねた際に、1年間仲裁で闘うと日本円で約5000万円の弁護士費用が必要だという回答だったことを考えると、弁護士費用としても訴訟を選択することが合理的であると思えました。さらにオンライン裁判が開始されて、当事者と裁判官が顔を合わせる機会が減り、汚職撲滅に一役買っているというお話でした。
インドネシアにおける損害賠償の計算方法について尋ねたとところ、インドネシアには「慰謝料」という概念が存在しないことがわかりました。例えば、交通事故などで怪我をした場合でも、治療費や休業損害は支払われますが、怪我や痛みに対する慰謝料は支払われないとのことです。仮にそれが名誉棄損などであった場合にも、それ自体に対して慰謝料が支払われることはなく、名誉が棄損されて実際に講演会がキャンセルになったなどの実害が出なければ損害賠償請求はできないとのことでした。
また、インドネシアにおける判決の執行についてお聞きしたところ、財産を隠匿された場合、一般の財産の差し押さえのためには、私的に探偵などを雇って財産を見つけ出す必要がありますが、財産が銀行口座にある場合には、インドネシア国内であれば隠すことができないとのことです。日本でもこのような制度が望まれるところです。
所感
インドネシアは、想像以上に発展しており、世界4位の人口規模も考え合わせるとタイやマレーシアを追い越す日は近いのではないかと思えました。人々も基本的にはまじめで、インフラも整っていることから、日本企業が進出するには適しており、実際に約1900の日本企業が進出して約1万人の駐在員がいるということも頷けました。一方で、経済成長率と同じスピードで最低賃金が上昇しており、現場技術者の数が不足していることなど問題を抱えていることも分かりました。現地の法律事務所とのつながりもできましたので、今後はインドネシア案件にも力を入れて行きたいと思います。