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JCAAとJIMCの新たなモデル仲裁・調停条項

記事カテゴリ:法律知識

投稿弁護士:田邊正紀

 2019年に入って日本の代表的国際紛争解決機関である日本商事仲裁協会(JCAA)と京都国際調停センター(JIMC)が相次いで新たなモデル仲裁条項、モデル調停条項を発表しました。いずれも複数のモデルが提示されていますので、その選択の際に考慮すべき事項などを検討してみたいと思います。

第1 日本商事仲裁協会(JCAA)のモデル仲裁条項

1 はじめに

 JCAAは、2019年1月にこれまで2つだった仲裁規則を改正し、3つの内容が異なる仲裁規則を制定しました。一つ目が「UNCITRAL仲裁規則」+「UNCITRAL仲裁管理規則」、2つ目が従来から存在するJCAA仲裁規則を洗練させた「商事仲裁規則」、3つ目が新たに策定した「インタラクティヴ仲裁規則」です。「インタラクティヴ仲裁規則」は、直訳すると「双方向の又は相互作用の仲裁規則」で、世界でも類を見ない内容となっています。それでは、1つ1つ見ていきましょう。

2 「UNCITRAL仲裁規則」+「UNCITRAL仲裁管理規則」

 国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)が策定した商事仲裁規則を基本ルールとして利用しながらUNCITRALが定める仲裁管理規則に従って、JCAAが事務局として案件管理を行うことができることを定めたものです。
 UNCITRAL仲裁規則は、本来アド・ホック仲裁(仲裁管理機関が関与しない当事者間の合意で進める仲裁)用に用意されたものですが、当事者が合意した場合には、仲裁管理機関を定めることができ、この仲裁管理機関をJCAAと定めるものです。
 UNCTRAL仲裁規則を利用するメリットとしては、規則の内容が国際標準に則ったものであり、多くの仲裁人になじみがあるもので、幅広い人材から質の高い仲裁人を選択することができるという点です。
 一方、あまり詳細な定めがないことから仲裁人の裁量の幅が広く、手続的な予測が立ちにくいことや仲裁人報酬が高額になりがちである点などがデメリットといえます。
「UNCITRAL仲裁規則」+「UNCITRAL仲裁管理規則」を選択する場合のモデル条項は以下の通りです。

“All disputes, controversies or differences arising out of or in connection with this contract shall be finally settled by arbitration in accordance with the UNCITRAL Arbitration Rules supplemented by the Administrative Rules for UNCITRAL Arbitration of The Japan Commercial Arbitration Association. The place of the arbitration shall be [city and country].”

3 商事仲裁規則

 従来からある商事仲裁規則を洗練させたものです。従来から変更のない点も含め、JCAAの商事仲裁規則の特徴を見ていきます。

(1)仲裁人候補者名簿の提供
 当事者の参考に資するために案件ごとに5名から10名程度の仲裁人候補者名簿を提供します。これは他の仲裁機関でも行われているサービスですが、特筆すべきは、過去20年間の仲裁人経験者名簿を公開していることです。氏名、国籍、使用可能言語に加え、当事者選任仲裁人、単独仲裁人、第三者仲裁人などのポジションを点数化して「経験値」として表示するなど仲裁人の選択に具体的に役立つ内容となっています。

(2)仲裁人の公正・独立性の担保
 JCAAの管理のもと行われた仲裁事件について、仲裁人と当事者の間の利益相反の開示義務違反を理由として訴訟が提起されたことを受けて、利益相反の開示義務をより厳格なものに改定しています。具体的には、仲裁人への就任時だけではなく、仲裁手続の進行中にも、「当事者の目から見て自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実」について、合理的な調査を行わなければならないとしました。
 上記とも関連しますが、第三者仲裁人を選任する際に当事者選任仲裁人が自らを選任した当事者に意見を聞くことを、すべての当事者の合意がない限り禁止しています。中立かつ独立の仲裁人に就任した以上、一方当事者のみと連絡を取ることは適切でないということが理由です。

(3)仲裁人補助者の利用の禁止
 仲裁人は、全当事者の了解がない限り、仲裁手続にかかる仕事の一部を補助者にさせてはならないこととしています。例えば、仲裁人が同じ事務所のアソシエイト弁護士に仲裁判断のドラフトを作成させるなどの行為は全当事者の了解がない場合にはできないということになります。

(4)少数意見の公表の禁止
 仲裁判断は、最終的に多数決で行われることになりますが、自らの意見が少数意見となった仲裁人が少数意見を仲裁判断に記載することを求める場合があります。しかしながら、少数意見の記載は、非公開である仲裁判断に記載しても何の意味も持ちませんし、逆に仲裁判断取消しの端緒となることもあることから、仲裁人は、その少数意見をいかなる形であれ仲裁廷の外に漏らしてはいけないという形で、少数意見の仲裁判断への記載を禁止しました。

(5)迅速仲裁手続
 請求額が5000万円未満の事件につき、1人の仲裁人で、原則として書面審理により、仲裁廷成立の日から3か月以内に仲裁判断をする努力義務のある手続が設定されました。従前、簡易仲裁手続と呼ばれていたものをリファインしたものです。

(6)仲裁人報酬
 原則として、一律1時間5万円のタイムチャージ制を採用しました。但し、仲裁人3人の場合には、第三者仲裁人が6万円、当事者選任仲裁人が4万円となります。作業時間が150時間を超えた段階から、仲裁人報酬は10%ずつ逓減し、最終的には50%まで逓減されます。この仲裁人報酬の逓減システムは、早期の仲裁判断に資すると言われています。

(7)モデル仲裁条項
 日本商事仲裁協会の「商事仲裁規則」を選択する場合のモデル条項は、以下の通りです。

“All disputes, controversies or differences arising out of or in connection with this contract shall be finally settled by arbitration in accordance with the Commercial Arbitration Rules of The Japan Commercial Arbitration Association. The place of the arbitration shall be [city and country]. ”

4 インタラクティヴ仲裁規則

 インタラクティヴ仲裁規則は、当事者と仲裁廷との対話を義務化し、当事者が仲裁廷の考え方を知り、紛争解決の方向性について適切に把握できるようにし、迅速な紛争解決を可能にすることを目的に制定されたものです。
 英米法型の仲裁では、徹底した当事者主義のために、仲裁廷の紛争の捉え方が当事者に可視化されず、無駄な争点に時間をかけざるを得ない状況が発生することがあります。インタラクティヴ仲裁規則では、仲裁廷が、事実上及び法律上の争点に関する当事者の主張の整理を書面により当事者に提示して意見を求める手続を義務化し、さらにそれらの点に関する仲裁廷の「暫定的な考え方」までも書面により当事者に提示する義務を定めています。すなわち、日本の裁判所の訴訟における準備手続で行われている裁判官の心証開示に近いことを仲裁の中でも行わせるというものです。
 これにより、当事者は、その後の主張立証活動を過不足なくかつ効率的に行うことが可能になり、そのまま証人尋問に進むか、当事者間で和解協議を試みるかの方針決定を行うことが可能になると考えられます。
 インタラクティヴ仲裁規則では、仲裁人報酬も定額化されており、例えば、最も使用頻度の高いと思われる1億円から50億円の請求額の仲裁に関しては、単独仲裁人の場合300万円、3人の仲裁人の場合、合計で900万円とされています。
 インタラクティヴ仲裁規則を選択するメリットは、日本などの大陸法系の国には馴染みがある制度であり、定額の仲裁人報酬で、早期の紛争解決が期待できることです。一方、デメリットとしては、欧米人には馴染みのない制度であることことから、欧米系の企業にインタラクティヴ仲裁規則の採用を受け入れてもらうためには相当の説明が必要であること、欧米系の仲裁人候補者に仲裁人を受諾してもらうことに困難が予想されることです。

 インタラクティヴ仲裁規則を選択する場合のモデル条項は、以下の通りです。

“All disputes, controversies or differences arising out of or in connection with this contract shall be finally settled by arbitration in in accordance with the Interactive Arbitration Rules of The Japan Commercial Arbitration Association. The place of the arbitration shall be [city and country]. ”

 5 紛争解決条項選択の際の考慮要素

 紛争となった場合の請求額が相当高額(例えば、数百億円規模)であることが予想され、費用と時間をかけてでも著名な仲裁人の仲裁を受けたいという場合には、「UNCITRAL仲裁規則」+「UNCITRAL仲裁管理規則」を選択することとなりますが、あまり利用の機会は多くないのではないかというのが個人的印象です。
 やはり、「商事仲裁規則」が一般的な選択肢になるのではないでしょうか。特に紛争となった場合の請求額が5000万円以下になるような場合も想定される場合には、迅速仲裁手続の定めのある「商事仲裁規則」選択のメリットが大きくなると思います。なお、商事仲裁規則のモデル条項は、このような場合に備えて、あえて仲裁人の人数を指定しない形となっています。
 相手方も大陸法系の国(例えば、ドイツや韓国など)の場合、インタラクティヴ仲裁規則への同意を得られる可能性もあり、同意が得られれば定額の費用で、迅速な紛争解決が得られる可能性があります。
 なお、適用される規則を明示しないで、日本商事仲裁協会のもとで仲裁を行うことを合意した場合には、商事仲裁規則が適用されることになります。

日本商事仲裁センターのモデル仲裁条項のページ

第2 京都国際調停センター(JIMC)のモデル仲裁条項

1 はじめに

 京都国際調停センターは、2018年11月20日に開設された後、当初はモデル調停条項を有していませんでしたが、2019年4月、遂にモデル調停条項が完成しました。モデル条項は、当事者が調停手続開始に拘束されるものと拘束されないもの、調停と仲裁を組み合わせたもの、紛争発生後に調停合意するものの4つに分かれています。それでは1つ1つ見ていきましょう。

2 調停のみのモデル条項(当事者が調停手続開始に拘束されるもの)

“All disputes, controversies or differences which may arise between the parties hereto, out of or in relation to or in connection with this contract shall be first submitted to Japan International Mediation Center in Kyoto (the “Center”) for resolution by mediation in accordance with the Mediation Rules of the Center.”

 「当事者は、紛争が発生した場合には、まずは京都国際調停センターに対し京都国際調停センター機関調停規則を利用した調停を申し立てなければならない」とされており、訴訟や仲裁を申し立てる前に調停を申し立てる義務を課しておきたい場合に利用します。但し、調停は、当事者が合意しない限り紛争が解決しませんので、契約書にこの条項を置くだけでは最終的な紛争解決には役立たない可能性もあります。

3 調停のみのモデル条項(当事者が調停手続開始に拘束されないもの)

“The parties hereto may at any time, without prejudice to any other proceedings, seek to settle, in accordance with the Mediation Rules of the Japan International Mediation Center in Kyoto, any disputes, controversies or differences which may arise between the parties hereto, out of or in relation to or in connection with this contract.”

 「当事者は、いつでも京都国際調停センター機関仲裁規則を利用した調停を申し立てることができる」とされており、調停を利用する契機を記しておきたい場合に利用します。但し、調停の利用は強制されませんので、最終的な紛争解決手段は別に定めておく必要があります。

4 調停と仲裁を組み合わせたモデル条項(Med-Arb条項)

“All disputes, controversies or differences which may arise between the parties hereto, out of or in relation to or in connection with this contract shall first be submitted to Japan International Mediation Center in Kyoto (the “Center”) for resolution by mediation in accordance with the Mediation Rules of the Center. If the dispute has not been settled pursuant to the said Rules within 60 days following the filing of a Request for Mediation or within such other period as the parties may agree in writing, such dispute shall thereafter be finally settled by arbitration in [name of city and country], in accordance with [name of Arbitration Rules] of [name of Arbitration Institution].”

 「当事者は、紛争が発生した場合には、まずは京都国際調停センターに対し京都国際調停センター機関調停規則を利用した調停を申し立てなければならない」とされており、「当該紛争が調停申立から60日以内又は当事者が定めた期限内に解決しない場合」に仲裁によって解決するというもので、最近注目を集めている調停と仲裁を組み合わせた紛争解決条項(Med-Arb条項)です。
 京都国際調停センターは、特定の仲裁機関と提携していませんので、青字部分は、当事者が選択した仲裁機関のモデル条項に置き換えて利用することになります。
 調停と仲裁を組み合わせた紛争解決条項については、早期に低廉な費用で紛争解決が望めるという期待の声と調停が前置されることで紛争解決期間も費用も増加するのではないかという懸念の声もあります。

5 紛争が発生してから当事者間で調停利用を合意する場合のモデル条項

“The parties hereby agree to submit the following disputes between the parties to Japan International Mediation Center in Kyoto (the “Center”) for resolution by mediation in accordance with the Mediation Rules of the Center.”

[Description of the disputes]

 紛争が発生した後に、この条項に合意することで、京都国際調停センターを利用した調停を行うことができます。

京都国際調停センターのモデル調停条項のページ:https://www.jimc-kyoto-jpn.jp/20190517100601

6 紛争解決条項選択の際の考慮要素

 紛争解決条項を選択するに際しては、やはり紛争が最終的に解決できるものでなければならないことから、調停の利用を検討する場合には、調停が成立しなかった場合の最終的な紛争解決手段が用意されていなければなりません。そのような意味では、「調停と仲裁を組み合わせた条項」(Med-Arb条項)を選択する機会が多くなると思います。
 また、そもそも仲裁のみによる紛争解決ではなく、調停を組み合わせる必要があるか否かを検討しなければなりません。ここからは個人的な意見となりますが、私は、低廉な費用での迅速な紛争解決の「可能性を上げるために」、調停と仲裁を組み合わせた紛争解決条項がよいのではないかと考えています。著名な国際調停人の調停成立率は概ね80%といわれています。ということは、調停で解決せずに仲裁に進んでしまう紛争は20%に過ぎないことになりますから、調停と仲裁を組み合わせた紛争解決条項には、低廉な費用での迅速な紛争解決の効果があると思われます。
 さらに、契約の交渉力で勝る相手と紛争解決条項の取り決めをする場合、仲裁機関の選択を相手方に譲歩する代わりに、調停機関として京都国際調停センターを選択させるなどの交渉ツールとしても利用できると思います。これに成功した場合には、こちらが選択した京都国際調停センターでの調停が仲裁よりも先に行われることとなり、メリットは大きいと思われます。

第3まとめ

 ここでは、日本商事仲裁協会の各仲裁規則とモデル条項、京都国際調停センターの調停のモデル条項のみを解説しましたが、世界には多数の仲裁機関、調停機関が存在します。アジアだけでも、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)、香港国際仲裁センター(HKIAC)、ソウル国際紛争解決センター(SIDRC)、アジア国際仲裁センター(AIAC)など多数の選択肢が存在しますので、紛争解決条項を検討する際には、これらの機関と日本商事仲裁協会、京都国際調停センターとの比較検討も行う必要があります。選択に迷う場合には、専門家に相談することをお勧めします。
 なお、各機関が公開しているモデル仲裁条項、モデル調停条項は、適宜改定されますので、採用する場合には、必ず各仲裁機関、調停機関の最新のモデル条項をご確認ください。